ヘリテージング
新旧・喜びも悲しみも幾歳 月尻屋埼灯台
ある世代の人は、灯台といわれると『喜びも悲しみも幾(いく)歳月(としつき)』を思い浮かべ、若山彰の「俺ら岬の灯台守は〜」という一世を風靡した歌声が耳の奥に響きわたる。昭和32年の松竹作品。それから30年たって、同じ木下恵介監督の手で『新・喜びも悲しみも幾歳月』が製作された。
「喜びも悲しみも」に出てくる灯台を新旧合わせるとはほぼ全国をカバーしその数はかなりになる。その建設年度(初代灯台の初点灯年度)を並べてみよう。
佐田啓二・高峰秀子主演の旧作は、「観音崎(かんのんざき)灯台」大正14年、「石狩灯台」明治25年、「女島(めしま)灯台」昭和2年、「弾埼(はじきさき)灯台」初代大
正8年、「御前(おまえ)埼(ざき)灯台」明治7年、「安乗埼(あのりさき)灯台」昭和24年、「男木島(おぎしま)灯台」明治28 年、「日和山(ひよりやま)灯台」昭和28年。
加藤剛・大原麗子主演の新作は、「経ケ岬(きょうがみさき)灯台」明治31年、「石廊崎(いろうざき)灯台」明治4年、「部埼(へさき)灯台」明治5年、「姫島灯台」明治28年、「水の子島灯台」明治37年、「八丈島灯台」昭和26年、「尻屋埼灯台」明治9年、「恵山岬(えさんみさき)灯台」明治23年、「矢越岬(やこしみさき)灯台」昭和32年。
さて新作で、田中健と紺野美沙子が所帯を持つのが尻屋埼灯台である。これを設計したのは日本の「灯台の父」リチャード・H・ブラントンだ。高さ32.8メートル、レン
ガ造りの灯台としては日本一で、海上保安庁による「灯台ベスト23」にも選ばれている。
そしてもうひとつの逸話が残されている。尻屋埼灯台は、昭和20年7月に米軍の爆撃を受け、最上部の灯室を破壊された。そのとき機銃掃射によってひとりの技手が殉職する。1年後の昭和21年5月、破壊された灯室辺りで光が輝いているのを灯台職員が発見し、何隻の船からも目撃され、その年の8月に仮設の灯火器が設置されるとその光は消えた。哀しいけれど灯台を守る男たちの心意気が伝わってくる話ではないか。
 
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