松山ヘリテージング

坂の上の雲のまち松山

司馬遼太郎の「坂の上の雲」は、極東の未開の島国が近代国家建設途上で遭遇した大困難に立ち向かう健気な国民のオハナシだ。明治維新から日露戦争にかけての日本と日本人の物語…。冒頭、作者はこういう言葉で長い小説を開始する。「この物語の主人公は、あるいはこの時代の小さな日本ということになるかもしれないが、ともかくわれわれは三人の人物のあとを追わねばならない」
正岡子規(1歳)、秋山好古(9歳)、秋山真之(0歳)、物語の軸となる三人の人物が、伊予十五万石(愛媛県)の城下町松山で明治維新を迎えたときの年齢だ。
文庫本(文春文庫版)で8巻にもなる大河小説。1・2巻は松山で育った彼らが東京に出て三者三様の道を定めるまでを追い、同時に日本という新興国が近代国家としての体裁を必死に整えるまでを描く。あとの6巻はすべて日露戦争の勃発から終了までの顛末ということになる。
1世紀を経て、去る2005年は日露戦争が終了してちょうど100年目の年だった。そのことは不思議なほど取り沙汰されなかったので、知らない人のほうが多かっただろう。
さて松山である。2006年の秋に安藤忠雄氏の設計で「坂の上の雲記念館」がオープンする。松山市は市内全域を屋根のない博物館にする「坂の上の雲フィールドミュージアム構想」を持っているが、記念館がその核に据えられることだろう。
また2007年にはNHKスペシャル大河ドラマで「坂の上の雲」が放映されるので、一躍「坂の上の雲ブーム」が到来するかもしれない。
松山ヘリテージングは、坂の上の雲とは切っても切れない関係にある。読んでから行くか、行ってから読むか…。やはり前者のほうをお勧めする。
いわずと知れた坊っちゃんの湯「道後温泉本館」
漱石と子規が同居した「愚陀仏庵」
兄弟でロシア陸海軍を破った日本人「秋山兄弟生誕地」
伊予松山藩旧藩主子孫別邸「萬翠荘(愛媛県立美術館分館)」
捕虜となったロシア兵たちが眠る「ロシア人墓地」
坊っちゃん列車がよく似合う「愛媛県庁」