長崎ヘリテージング

東をぶらぶら、南をぶらぶら

「な、愛八、おうち、おいと一緒に、長崎の古か歌ば探して歩かんね」(なかにし礼著「長崎ぶらぶら節」より)
時は大正11年、長崎学の確立を目指す学者古賀(こが)十二郎(じゅうじろう)と丸山の名妓(めいぎ)愛八(あいはち)。長崎の古い歌を求めて歩く二人の大人の実話物語。吉永小百合、渡哲也で映画化もされた直木賞小説だ。二人が発掘した古謡「長崎ぶらぶら節」その一節にこういうのがある。
「沖の台場は 伊王と城ヶ島 入りくる黒船は すっぽんすっぽん 大筒(おおづつ)小筒(こづつ)を 鳴らしたもんだちゅう」外国から開港を迫られた頃の長崎の様子が歌い込まれている。
古か「館(やかた)」ば探して歩く長崎ヘリテージングは、二つの丘が中心となる。海側から見て左の丘がオランダ坂のある東山手、右の丘がグラバー園の
ある南山手だ。両方とも、大筒小筒を打ち鳴らされて、1858年の修好通商条約によって生まれた外国人居留地。
東山手は「領事館の丘」と呼ばれ、ポルトガル、プロシャ、アメリカなどの領事館が建ち並んだ。ミッション・スクール「活水学院」下の坂道を、通称「オランダ坂」と呼ぶが、ここに限らず居留地の坂はすべて「オランダ坂」と呼ばれていたそうだ。そういえば、神戸の「うろこの家」に向う急坂も「オランダ坂」だった。
南山手はおもに住宅が建てられた地区。有名なグラバー邸を始め、幕末から明治初期に造られた広い邸宅群が、長崎湾を一望に収めている。
神戸といい横浜といい長崎といい、異人さんたちはとにかく眺望のよい場所に居を構える名人だった。東山手も南山手も重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
質素なたたずまい「東山手洋風住宅群」
典型的な領事館仕様「東山手十二番館」
(旧アメリカ領事館)
永久保存のレンガ建築「野口彌太郎記念美術館」
(旧英国領事館)
和製ギリシャ風神殿「旧香港上海銀行長崎支店記念館」
擬洋風に造られた税関施設「べっ甲工芸館」
(旧長崎税関下り松(さがりまつ)派出所)
現存する最古の教会建築「大浦天主堂」
南山手のベスト観光スポット「グラバー園」