名古屋ヘリテージング

一にも産業観光、二にも産業観光

名古屋「愛・地球博」が成功裏に終了した。過去に6回も万博を開催した都市がある。1855(安政2)年、1867(慶応3)年、1878(明治11)年、1889(明治22)年、1900(明治33)年、1937(昭和12)年。
パリ万博が残したもので、この町を代表する観光名所となった歴史的建造物は多い。
「エッフェル塔」(1889年万博)、「プチ・パレ」「グラン・パレ」「アレクサンドル3世橋」(1900年万博)、「オルセー美術館」も1900年の万博用に建てられた鉄道駅舎だった。
19世紀の万博と現代の万博を比べても仕方ないが、100年後人々が観光するような文化遺産を残すというのはやはりスゴイことだ。
「愛・地球博」から、名古屋観光の名所が生まれるかといえばそれは疑問だ。万博後、名古屋を観光のメッカに押し上げるものがあるとすれば、それは「産業観光」という考え方ではないか。「産業」を「観光資源」にするという発想。
日本で最初に、「産業観光」というコンセプトを提唱したのは、JR東海の会長をしていた須田寛氏だ。地元名古屋が「産業の町」であるがために、「観光の町」としてのイメージが弱いことを痛感し、いっそ産業そのもの(モノづくりの現場)を観光の対象にしようと考えたのだ。その視点で見直すと、名古屋を中心とした中部地域は、自動車、繊維、陶磁器、醸造など「観光資源」の宝庫なのだ。似た境遇の都市は多い。須田氏は産業観光の伝道師となって全国を飛び回っている。
わが町も産業観光都市なりと、市町が次々に名乗りをあげ始めた。東京大田区、川崎、日立、浜松、北九州、八戸などなど、名古屋はその総本山ともいえる。
そういうわけで、名古屋は「産業観光ヘリテージング」がふさわしい。「モノづくり」の歴史が残る町を楽しみ、この町の近代化を支えてきた歴史遺産を巡るのが「名古屋ヘリテージング」なのだ。
トヨタ発祥の地「産業技術記念館」
(旧豊田紡績本社工場)
ノリタケ発祥の地「ノリタケの森」
(旧日本陶器合名会社製土工場)
新幹線からも見える古城の風格「中川運河松(まつ)重閘門(しげこうもん)」
紡績産業を支えた可動橋「名古屋港跳(はね)上(あげ)橋」
名古屋近代化のシンボル「鍋屋(なべや)上野浄水場旧第1ポンプ室と東山給水塔」
設計変更が生んだ水の神殿「名古屋市演劇練習館アクテノン」
(旧稲葉地配水塔)