小樽ヘリテージング

そして、運河の季節

昭和の二大スター、石原裕次郎と美空ひばりは、奇(く)しくも52歳でこの世を去った。 美空ひばりは生粋(きっすい)のハマっ子だったが、石原裕次郎は3歳のときに、お兄ちゃんと一緒に神戸から小樽へ引っ越してきた。昭和12年、幼かったボスの裕ちゃんも、都知事の慎ちゃんも、戦前の小樽の姿を眺めながら育ったのだ。
「遠い季節を語る運河には 釣りを教えた親父(おやじ)を映す影 レンガの倉庫は変わり果てたまま〜」これは石原裕次郎が歌った『おれの小樽』(作詞・杉紀彦)の一節。
小樽マリーナには「石原裕次郎記念館」があってファンはまずそこへ詣(もう)でる。ちなみに「美空ひばり記念館」は、横浜ではなく京都にあるのだそうだ。
幕末に開港した5つの港湾都市以外で、明治から大正期に栄えた港町といえば、門司と小樽が思い浮かぶ。両方とも現在の都市人口にはふさわしくない数の歴史的建造物が市内各所に残されている。門司区11万3000人。小樽市14万5000人。こういう町を「ヘリテージング大都市」という。
JR小樽駅から歩いて10分、観光客でにぎわう中央橋辺(あた)りが、雑誌やポスターでおなじみの場所。運河沿いに続く御影石(みかげいし)の散策路を、龍宮橋から北浜橋方向へ行くと川幅の広い北運河に入る。観光客向けのお店も建物も少なくなり、こちらのほうが静かな小樽情緒が漂っている感じがする。
日露国境会議の開催会場「旧日本郵船小樽支店」
北のウォール街の代表建築「金融資料館」
(旧日本銀行小樽支店)
威を示すシャチホコ8基「小樽市博物館」
(旧小樽倉庫)
観光レンガ倉庫のパイオニア「海猫屋(うみねこや)」
(旧磯野商店)
いまはおしゃれな木骨石造倉庫「北一(きたいち)硝子(がらす)3号館」
(旧木村倉庫)
総欅(けやき)造りの館内にあふれる音色「小樽オルゴール堂本館」
(旧共成株式会社本社)
明治のSLアイアンホース号が走る「小樽交通記念館」
(旧手宮(てみや)鉄道施設)